母が亡くなったのは、私がまだ小学校に上がる前のことだった。 それまで私たち……母と私の二人は、大都会の中でまるで人目を避けるように、ひっそりと暮らしていたおぼろげな記憶がある。 奇妙なことに、なぜか母は私を連れて、一年に一度、時には半年も経たないうちに住む場所を移り、私たち親子は転々と居住地を変えていたという。 母が何をして生計を立てていたのか、今となっては私にはまったく分からない。 だが、彼女が何かに怯え、ひどく用心深かったことだけは、幼い私にも感じ取れた。 常に何かから逃れ、隠れ続ける生活。そんな中で、段々と蝕まれていった母の心と身体。 そんな私たち母子の有り様に、明らかな疑念を持ち始めたのは、私が大学卒業の間際のことだ。 母の死後、大学に入るまで一緒に暮らしていた祖父が他界し、実家の遺品を整理していた時、私は偶然その中から一冊の日記帳を見つけ出した。 小さなダンボールの中に他の荷物と一緒に埋もれていた、花柄の表紙に鍵のついたそれを見た瞬間、私はそれが母のものだと確信した。 鍵をこじ開けた形跡がないことから、恐らく祖父はこれに気が付かなかったか、もしくは死んだ娘の日記など見る気にもならなかったのだろう。 実はこの日記の子供騙しのような鍵は、母の死後ずっと私の手元にあった。 母が残した小さな鍵がこの日記帳のものだと、この時初めて気づいたのだ。 母は死の間際までその鍵を手放さなかった。 そして日記帳と一緒に見つけた母の貯金通帳に残された、明らかに不自然なお金の動き。 それらが一体何を意味するのか。 私は……それを知りたかった。 HOME |